18%と70%?・・・菅支持率と脱原発世論のねじれ2011/08/08 07:11

 読売の世論調査、菅内閣支持率がついに18%、との見出しが踊っています。ところが、首相の「脱原発」は67%が支持しています。原発政策については「減らす・なくす」が70%という結果でした。
 私は、多くの国民が求める「脱原発」を首相として初めて表明した菅首相は、支持率が上がってしかるべきだと思っていましたので、極めて残念です。
 今、政治が迫られている最も重要な選択は、今後日本の原発をどうするかということです。災害復興や原発事故の収束は誰が首相をやろうと、どこが政権を取ろうと、やらなければなりませんし、問題はその手腕というレベルの話です。
 極めて不思議なのは、国民の7割が「脱原発」を求めていて、同じくらいの国民が菅首相の「脱原発」表明を支持している、にもかかわらず、当の菅首相を支持する人が2割に満たないということです。政策選択と人物評価のねじれ現象と言えます。「脱原発」の首相を支持しない「脱原発」を求める多くの人々は、いったい誰に何を求めているのでしょう。
 菅さんではダメだという雰囲気が満ちています。今となってはこれが空気です。そうなると、何を言っても関係ない。ただ、菅さんが辞めれば良くなる、ということになる。本当に良くなるのでしょうか。菅さんの「脱原発」に、将来の見通しがないとかいう批判がありますが、ポスト菅にどんな見通しがあるのでしょう。
 これは極めて日本的な現象だと、私は思います。良い人がやることは良いこと。悪い人がやることは悪いこと。という見方は物事の本質を見誤ることがあります。例えば、かつての戦争指導者たちが人間的に良い人だったかどうかと、その責任とは別問題なのと同じです。指導者たるべき政治家は、選択すべき道を示すことこそが、その役割です。国民は、その選択を是とするか否とするかによって、指導者たる政治家を選ぶべきです。結局は、政治選択は政治家選択ということです。政治選択と政治家選択がねじれるところが日本的だと思います。理屈とかスジと、最終的な選択結果や行動が違ってしまう。原発問題をみているといつも感じることです。
 いつも曖昧、ハッキリさせない、YESでもNOでもない、流れと空気で物事が決まっていくから、最後に誰も責任を取らない。日本の政治家は楽です。国民には選択肢がありません。悲劇です。

内閣支持率18%、「月内退陣を」68%(読売新聞8/8)
http://headlines.yahoo.co.jp/smartphone/hl?a=20110807-00000569-yom-pol